社会人が大学に行くことについて

まあね、最初のコメントからも、私はお金をかけない教育法の話をしたら、みんなから一目おかれるのに、あなたは教会とかでもうまくいかなくて、人間性がないんですね、すごいひとは違うのよ、と、私を直接ディスりに来たのと、じぶんスゴイの話しに来た人なんだなあとわかってはいたんだけど。

(私は、自分の事自分で、スゴイでしょ的な発言ができるひとというのは、人から本当にすごいと思ってもらえているかは疑問で、喜ぶタイプだとわかっているから言われていることが多いと思っています。私が凄いなあと思う人は、私からも凄いというけど、謙遜される方が多いし、自分が他からそういうふうに評価されている話もめったにしません。)

社会人に大学が必要かどうか、という問題に関して、昨日書き忘れたんだけど、今は交通至便な駅に大学の社会人向けサテライトとかけっこうあるし、(市大の市民講座も杉本町まで行くものではなくて、梅田の第二ビルか第三ビルだかで受けるものだし)社会人になって、大学以外で、自分の職業で身につけられるものもあるだろうけど、自分の職業にないものとか、まったく職業に関係のない分野の知識を専門家から授業を受けることを週1とか月1とか、ときどきでも持つことが人間性を大事にしてないことだとは思えないんだけど。

自分が社会人大学で外大にいたとき、自分が昔いた弱小電機メーカー(もうどこかわかってもいいから書くけど、大谷選手がエンゼルスと契約したときの後ろの板に、広告載せてた。めっちゃマニアックでカオスな電機メーカーだったんだけど)の、社員が、会社からお金を出してもらって大学来てた。

その人自身が大学を一度卒業したのかとかは、失礼だし聞かなかったのだけど、私が推測するに、工業系とかの大学か専門学校を卒業して、語学が必要になったから外大にきたのだろうと、

もしかしたら専門学校卒で、能力があるのに学歴が大卒でないから基本給が低いのを会社がなんとかしてあげようと思って、民間の語学スクールでいいところを、外大に行かせてあげてるのかもしれないとは思いました。

まあ、逆に語学を学んだ人が、社会人になってから法律とか、経済とかを学びたいと思って、サテライトキャンパスでも、現役の学生が来るキャンパスでも、門を叩くというのはそんなに人間性を重視してないことだと思わない。もちろん、図書館や書店の書籍だけで十分学問ができる人がいてもいいと思うけど、大学に行ったからと言って人間性をおろそかにしているのだとは思わない。

定年や専業主婦、あるいは休職中などで職業がなくても、アルバイトやパートでも、なにかの専門的な職業についているとしても、誰でもそうやって勉強しに行っていいと思う。

市大市民講座だって、直近の講座とか見ていたら、健康に関する医療知識とかの話を、医学部生のような専門の知識を持たない普通の市民向けに開かれている講座とかもあるし、テレビで医療番組を見るより、市民講座を受けたい、とかいう感覚を持っている人が来るんだと思うし、そりゃ医学部卒で医者ですとかいう人にとって、学生の時身につけて仕事で学び続ける知識なのだろうけど、多くの市民にとって、それは専門でない教養で、それを学びたいということが人間性をおろそかにしていることではないと思う。

たぶん、今回、私は本気で怒っていると思う。前のブログの時、失礼なコメントはたくさんいただいたけど、十分な教育を受けたり、一定以上の水準にある職業についているから大学はいらない、みたいな発言はとうてい許容できない。それを人間性を大事にしているかどうかの問題にしているところが本当に許せない。

社会人になって大学に行くということは、なにか未熟者であるかのような捉え方をされるのは好ましくないけど、ただ、法律の専門家が経済の授業を受けるとか、医療の専門家が語学の授業を受けるとか、ある意味誰もが未熟者なんだとは思う。

たぶん、かなり怒っていると思います。

追記:一応私ぐらいの年齢になって思うけど、私が学生だったバブルの時に大学で学ぶことと、ITとか発達して今大学で学ぶこととはかなり違っているのもわかるから、一度自分が専攻にしたような学問を、一度就職するなり家庭にはいるなりして学問から遠ざかっている人が、年月を経て、自分の専攻分野の最前線を大学で学び直したいというのもアリだと思います。学生の時に英文科だったひとが、今どこかの大学で英文科に入り直すとか、それが法律とか経済学部だったりすることでも、アリだと思います。

とりあえずこんな感じです。

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「社会人が大学に行くことについて」への2件のフィードバック

  1. もうたぶん伝わらないとは思いますが、私は人間性さえあれば学ばなくていいと言ったつもりはないんです。
    学ぶことは重要だと思っているし、学び続けることも重要だと思っています。
    ただ知識さえあればいいのではなく、それを使えなくては意味がないと思っています。
    十ものを知って一しか使えないより、五を知って五を使える方がいいと。
    だから手当たり次第ではなく、今学ぶべきことを学びたいです。

    大学に関しても、私ははっきり言って国公立大志向です。
    それも偏差値が足らないからと妥協すするのではなく、最良の大学に行くことを子供達に求めています。
    ただそれは子供達が求める最良です。
    世間から評価される為のものではありません。

    私、JohannaTさんに本気で日本語教師をねらって欲しいです。
    私もそうなんですけど、機能不全家庭に育つと予防線張るんですよね。
    「ダメでもやった意味はあるから」って。

    下の息子に言われた言葉があるんです。
    彼がとてもハードルの高いことをやろうとしている時に「ダメもとでチャレンジしたらいいやん」って言っちゃったんですよね。
    そしたら怒られましたよ。「やってアカンのはしょうがないけど、やる前にアカンて思って出来るわけないやろ。絶対やるって思わな意味ないやろ」って。
    ガツンと頭殴られた感じでした。

    私は自分がスゴイ人なんて思ったことありません(笑)
    足らないところだらけです。
    でも自分の人生にベストを尽くしたいと思っています。

    1. まあ、私からは、よい社会的環境にあれば、大学の門戸を叩く必要がないように書かれているように見受けられましたが。
      実際、今現在は学際的な学問が要求されているような気がするので、大学の方でも、文系とか理系とかの区別の難しい学際的な学部学科ができて、学ぶべき領域が広くなっている気はします。
      学問したことは、使えないよりは使えた方がいいですけど、なにかの職業に就くとか、わかりやすい形で役に立つものでなくてもいいと思っているんです。
      ドイツ語や哲学を専攻して、職業につながる可能性なんかほぼ最初からなかったけど、児童の語学習得家庭について学ぶことができたりしたことは、Noneに無理のない外国語学習プランを立てられたと思っていますし、(英語でバイリンガルとかにはなりませんでしたけど、とりあえず母国語の日本語がこれ以上望むことができないぐらいのレベルを維持したまま、ある程度の英語力を手に入れましたから)私がそれまで疑問に思っていたことに、ある程度の答えが哲学で出せました。
      まあ、アルコール依存症患者の子は、その人がアルコールをとらなくても、寿命は50歳ぐらいだよ、というデマを25歳の時に言われて信じて、朝に道聞かば夕べに死すとも可なりぐらいの思いではじめたんですけどね。自分の中にある知識に対する欲求と言うのが叶えられたら、それを利用することなど全く考えていなかったみたいな。(まあ、それは人それぞれで、正解などないものだと私は思います。)

      私も、大学はできたら国公立がいいと思っていますが(Noneが高校に受かって、主人から大学が私立になっても学費を出してあげるよと言われるまでは、経済的な理由で国公立志望でした。私自身、短大が関西外国語短大で、そのとき知り合いになった関西外大の人と、社会人で知り合いになった現役の大阪外大や阪大のひととかとを比べて、私立の方が遊んでしまうな、というような気がしたので、経済的な理由がなくても、国公立に行って欲しい気はしていますが。あと、None自身が、某高に行っていて、某高から私立は、進路指導を受けていても応援してもらえないので、中学の時はいける大学ならいいやん、だったのが、意識的な変化はありますが)
      最良の大学って、なんでしょうかね?偏差値とか大学のネームバリュー的には、阪大の人科より、京大の総人のほうが高そうですが、Noneは日本で最初に人間と言う名前をつけた阪大人科のほうを評価しています。でも、国語の教員資格を心理学を学びながらもとりやすい、別の国公立大学も悪くないなと思い始めています。たぶん、その大学なら、偏差値的には関関同立と並んだぐらいです。
      私の親戚に、昔話になってしまいましたが、親が期待しすぎて潰れた子がいます。東大や京大を期待されて、それなりの成績を受験生の時にとっていたのですが、本番で奮わず、浪人を繰り返し、期待されなかった弟の方が、九大の医学部に受かり、母親がコロッと態度を変えて弟になびいてしまったので、浪人の兄は精神を病んでしまいました。自宅がマンションビルで、1階を弟の開業する病院にしたのですが、精神を病んだ兄がぶらぶらしていたのでは評判が悪くなるというので、無理矢理入院させ、今も出ていないと思います。父の親戚です。今は音沙汰がないですが。
      私は、Noneをメンタル的に追い詰めたくない思いがありますし、行けたところを本人のベストだと認めてあげたいので、阪大を京大にすることとかは勧めませんし、国語教師のとれる国公立大でも、抑えの私立大学でも、子どもにとって親から認められることほどの至福はないと思っているので、ハードルは上げません。
      子どもが自分でハードルを上げるならば水をさすことはないと思いますが、着地点がどこになろうとも受け止める準備はする必要があると思います。
      日本語教師はめざしますが(たぶん、ちゃんと出席すれば資格はとれる学校だと思うんですが)教室が言うような求人が本当にあるかとか、聞いたことを全部は信頼しないで走るタイプなので、それを変えるつもりはありません。怖くなったら逃げる、が今まで、リーマンショック前の儲かっているときに株をやめるとか、今回の武田製薬を1月で売っておくとか、勘なんだけど、うまく最悪の事態を避けれているので、日本語教師の学校を今半額でやっているのを見つけたというのも勘で、それを信じているんだけど、なんとも断定したことは言いにくい状態です。
      まあ、自分でもできそうだと思うから乗り出した船ではあるんだけど、なにしろ学校の雰囲気とかカオスなので。染まれるかどうか。
      日本と呼ぶでも本土と呼ぶでもいいけど、外から来て、ここを居場所と決めた人と関わり合っていけるかどうかを問題にしているので、それで収入がとれるかどうかは自信がないです。(っていうか、私的には本当はお金なんかないんだけど、日本語を覚えたいとか言う人の訳に立てるボランティアがやりたいんだろうなあと思うんですが。)
      まあ、きついことを書いたと思います。すいませんでした。

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