しあわせについて

今日は、Noneは運動会の練習で学校に行きました。

私は礼拝だったのですが、お話を聞いて、試練のある人生について考え直させられました。

試練の多かった人生なのですが、衣食住足る安穏とした人生を送った人が羨ましいとかはあまり思わなくて、自分なりに生きる術を探った人生が、自分を今ここに導いたと思っていて、それは粗末な人生だけど、箱入りの人生とは違う、ひとの喜怒哀楽が自分流に今見えるこの状態を気に入っています。

苦労のない人生だったら、見えなかったものが見えているんだろうな、みたいな感じで。

そして、今の状況も、神様を信じていい行いを心がけていたら、なんらかの救済があるんじゃないかと思ったりしました。

昨日、中国語教室で、授業終わってから通訳の人と話していたら、通訳の人は今の教室に満足してなくて、今、半年分払った授業料が切れたら、やめるだろう、という話を聞かされました。

通訳の仕事の方が、またビッグネームのお話を聞いていて、スキルとかがあれば、仕事はあるんだなあと思い知らされたりするんですが。

私は、中国語教室とかは、ネイティブに発音とか、中国語として自然な文を発話できているかをチェックしてもらえたらOKで、通訳の人みたいに、授業で中国語能力をあげよう、とかは思ってないんだけど、やめちゃうとなるとさみしいなあ、と思いました。

もう一人の人も、あんまり長く通うつもりがないらしいので、昨日は、みんながいなくなったときに、楽しく通える安い中国語教室とかないかしら、と思って検索していました。

最近は語学でグループレッスンとか流行らないのかな、とか思いました。

でも、探しているうちに、こないだ見つけた安いスカイプ中国語よりもっと安いスカイプ中国語をみつけました。私が社会人学生の時に作っていたような、HTMLの古臭いHPなのですが、北摂で長いことやってる市民団体みたいなので大丈夫じゃないかなあと思います。

そのほかにも、参加したいときだけ行って会費を払って参加する中国語カフェも見つけました。

中国語の勉強は自分でするから、中国語の勉強のことで話題のあう仲間がみつかるほうに移るかもしれないです。

前の中国語教室も、その前の中国語教室も、私がパソコンとか使って勉強することに反感を感じたのが一番大きな辞める理由だったので。

今の日本語教師の教室も、私より年齢が上の生徒さんが多いから、パソコン使う方法はあんまり支持してもらってないんだけど。

まあね、パソコンを使って外国語習うとか、もう、初中級のレベルなら、ICTとかで身につけちゃうのがデフォルトになってくるのかもしれないけど。

昨日、約束していたIBMの人からは忘れられていて、中国語で「忙しいの?」って書いて、眠かったから寝てたんだけど、少ししたら「ゴメン」って謝ってきて、今日改めて話すことにしました。

まあ、それでも、基本、自分だけ生き残れるなにかを探すより、ある程度善良に生きているひとが、たいてい健全に生きていける見込みのある社会がどう実現できるかとかを考えていたんですね。

まあ、コンビニの方は、チーフでひとり、私のことを嫌っている人がいる、みたいな状態なだけで、今日明日の生死を問うような深刻な事態でもないんだけど。

下をみてはいけない、でも、伯父だって定年前の数年間、事業で億越えの損失を会社にもたらせてしまって(契約した海外の大企業が支払い前に倒産した)針のむしろ状態だったのだけど、大学生2人と、ずっと仕事をするなと専業主婦にさせていた奥さんを養うために定年まですごしたのだし、似たような人もこの世の中にはたくさんいて、生きるために耐えているんだろうとも思う。(まあ、伯父は、その我慢の甲斐もあって、そこそこいい厚生年金をもらい、大学生だった子ども二人も、ひとりは大企業に就職していて、もうひとりは本人もある程度の年齢まで大企業で勤めていて、高校の時の恋人だった同級生と結婚した。そのひともめっちゃ待遇のいい会社に勤めている。もちろん、その二人とも夫婦うまくいってるかとか、手放しで喜べる状態でないらしいのは知っているけど、経済的にはすごく安定している。

ひとの、幸せってなんだろうかね。

いろんな人がいるから、そうでない人もいるんだろうけど、私の場合は、他の人からの肯定、それも、私が肯定されそうな話を選んでするのではなしに、今ほかのひとから評価されてないようなものに目を向けていたとしても、そのなかの価値を見つけ、それを肯定してもらう、とか、そういうこと。

哲学をやっていて、今までに誰も価値を認めてなかったものに価値を見つけることができて他の人にも伝えることができるとしたら、それは超越だと言われるものではないか、一種の創造なのではないか、と、思って、そういう超越とか創造を認めない人からみたら、私が神秘主義者に見えるとしたら、私は神秘主義者になろう、と、宗教に目をむけるようになったのだけど。そして、そういう超越が可能かどうか、とかは、人間の意志でどうにかなるものではないと思っていて。

社会人学生を卒業して数年後に結婚して、子ども生まれたらドラマ白い巨塔とか流行って、ボイストレーニング行ったら英語で歌うことになって、初めて歌詞ちゃんと見たんだけど、

was blind, but now I see.

って、こういうことなんだろうな、とか思って。

って、ブログ書いてる間にIBMの人からメッセージ来て、1時間話しました。

まあ、こんな風に話すことができたら、お金出してスカイプしなくてもいいかもしれないけど、基本お金出さないでするぶんは、相手に負担掛けすぎないように、相手にも面白い話ができるように、って思ってて、お金払う時は、自分がやりたい教材で、私のあんまりよくない発音をちゃんとチェックしてもらって、が、してもらえたらいいなと思っています。

答えのないこと書いてしまったからまとめようがないので、時間も遅くなって明日仕事があるので寝ます。

とりあえずこんな感じです。

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