強気を挫き弱きを助くってのは正しいのか?

昨日、Noneと話していたことがあって、

オズの魔法使いのブックワームが学校指定の読み物だったんだけど、

自分の趣味で、オリジナルの翻訳版を読んでいたNoneにとっては、案山子がネズミには深い愛情を見せるのに、猫には残酷な仕打ちをした話がブックワームでは抜けていたことを残念に思っていた話をしていて。

まあ、この場合、今調べたらネズミは猫に追われていた被害にあっていた身の上だったみたいだから何とも言えないけど。

強気を挫き弱きを助くとか言うけど
(タケちゃんマンの強気を助け弱きを憎むじゃなくて)

学校の成績が良さそうだったからとか、経済的に余裕がありそうだったからという理由だけで攻撃を受けることってあるよな、って思って。

もう、前の牧師さんとは会うことがないことを期待しているけど、Noneが中3で受験勉強に追い詰められていて、それでも塾とか家の中だけで相談していて、教会は相談する場所じゃなかったから言えなかったんだけど、牧師さんは勝手にうちが余裕のあるおうちだと(経済的に余裕はないのは知っているけど、学校の成績はいいんだろうと勝手に思われていて)牧師さんが

「Noneちゃんは、お勉強ができるから、わからないことなんかないんでしょうね。」
って言われて

内申が、模試がって、追い詰められている時期だったのに。味方までいないのか、みたいな感じで追い詰められて。(某高ぐらい志望している話はしてたけど、それはうちが公立でしか進学できない事情も説明して窮状にある話もしていた話だったのに)

そのことを思い出してNoneに言って、

「弱い人を大事にするのはいいことかもしれないけど、お勉強を頑張っているとか、経済的に余裕があるとか、その対極にいる人を、なにも悪いことしてないのに攻撃してくる人っているよね。」

みたいな話をして、

Noneも牧師さんのその件は深く傷ついたと言っていて、

「推測するに、お勉強ができると、精神的になにか強くてきついこと言っても傷つかないと思って言ってるんじゃないかと思う時があるんだけど。」

と、私が言うと、

「公立の中で傷つけられて私立に逃げる子がいるぐらいなのにね。」

と答えました。

まあ、ホモエコノミクスみたいな守銭奴の金持ちとか、人間なら普通挫けてしまうような努力ができる勉強家とか、うちみたいな軟弱者から見たら、鋼の魂持ってるように見えたりもするけど。

うちが教会で傷ついたのは、勉強ができない相談ができる場所であってほしかった教会で、人間的な心とか持たずに勉強してる子で構う必要とかないみたいに言われたのが傷ついたのですが。それも、ほかの教会員とかじゃなく、牧師さんに。

まあ、あと、Noneが通っていた幼稚園で、Noneが私立幼稚園就園奨励補助を所得制限で受けれない家庭の子だということで、幼稚園の先生のうちの長の役職がつく先生に目をつけられて、ある日Noneを幼稚園に迎えに行ったら、Noneが他の子の集まりからのけものにされていて、
「わたしら、西松屋やからねー。」
みたいに、まるでうちの子が高級服を着せている家の子(だったとしても、それの何が悪いだけど)みたいにのけ者にされていたのを見たことがあります。(父親は所得があったがケチだった、今もケチだが、なので、私服は西松屋とかそのレベルのチープファッションで、なにひとつのけ者になる理由はなかったし、だいたい制服だからNoneの普段着、その幼稚園の先生の長、知らないはずだし、言葉の遅れてたNoneがなにか生意気なことを言っていたとは思えないし)

公立小学校でアルマーニとかは、無駄に反感買ってる気しかしないんだけど。

神戸線の中で、比較的経済的余裕のある人たちの住む地域に住んでいたから思うんだけど、(べつに、その地域で自分たちが金持ちだったんではないけど、)

(うちの家の立ち位置は微妙。父親が飲んだくれだったので、隔離されてはいたけど、母親は可哀そうにということで、一部の親切な人たちの子にピアノを教えることで生活はできていた。私の記憶する限りで思い出すには、親切ではあったけど、そういう上流家庭を気取る人たちの中でも事情のある人たちだったように思えるんだけど。)

同じように聞こえる、高いなにかを買ったとか経験したとか言う話でも、

ただ自分が欲しかったからとかしたかったからで話す人と、相手がそれが買えない、できないと知って、自分がそれができることを誇示しようとして話す人とは自然に区別がつく

前者は、その高級品のいいところの話を素直に聞ける。後者は、できるだけ聞きたくない。だけど、後者の自慢の人に、なんか言い返すとかはあんまりしない。(前者にしても後者にしても、自分にできて、相手のできない話をすることは普通にある。たいてい前者は普通に聞いてくれるけど、後者はなんかムキになったり、平常でない態度が返ってくることが多い。)

自分自身、相手が普通の家族の中で、自分にとって羨ましいような平和な日常を聞くのに、いちいちひっかからないようにするように生きてきたから、ほんとうにそれが高級品でも同じなんだけど、「あなたには買えないでしょう」という、その人の優越感を満たすための相手に選ばれたときは、その役目を放棄したいと思う。

確かに、強い人とかで、無駄にマウントしようとする人とかいるよな、みたいには思うんだけど

Noneも私も、マウントしようとするタイプは苦手ではあるんだけど。

だから、基本的に自分たちができることを話すときは、できないことも話して、いいとこも悪いとこもある普通の人であるように話しているつもりではあるんだけど。

実際、Noneが見つけて来る友達は、長所も短所もあるタイプと付き合っているのが楽しそうだ。

でも、いいところを認めて欲しいときはそういう攻撃をくらうことが多くて、短所を告白するとなんか勝ち取ったりみたいなイキオイでそれ繰り返し言ってくる人とかいたりで、加減が難しい。

自分自身は、それなりに考えたことを言ったときに、賢い人には、自分の言い分の通っているところと、間違っているところを、納得する形で認めてもらえることが多かったと思うんだけど、そうでない人は、どこの大学出た人が言ってるんや、みたいな、肩書で判断されてしまう経験もしてて、

Noneには現役でネームバリューのある大学に行って欲しいなと思って育てていたところはあります。決してマウントするためじゃなく、そういう肩書で判断される場をスルーできるようにと思って。

私もNoneもね、なんとなく思っているんじゃないかな、人に馬鹿にされない肩書を身につけることより、なんか、感じ攻撃したくなったから攻撃するとかいう人たちから回避できるような安息所を求めるんじゃなくて、そういう人を説得できるような場を持つこと、(まあ、それが自分でつくる安息所なんじゃと言われたらそうなのかもしれないけど)のほうがいいような気がする、という。

エリートの世界の、選ばれた人たちだけの安息所とかありそうではあるし、それを目指す人を止めようというわけでもないんだけど、(まあ、搾取したり独占したり、その力を使って弱いものをさらに弱くしようというのでなければ、あとやっぱり、たくさん儲けてタックスヘイブン逃げるとかもやめてほしいあと、やっぱり、選民意識みたいなのは話聞いてて感じると壁ができるよね。)

まあ、やっぱり、怖いのかな、なんか、お勉強してたから仲間外れにしてやるとか、

困っていた時に、本当に関わり合いになるとうちのトラブルに巻き込まれるんじゃないかと距離をおきながらも付き合ってくれていた人たち、それを縮めようとすると逃げられてしまうから、距離はそのままに交流は続けて、完全な解決はしてくれなかったけど、ときどき自分たちの生活を改善できる知恵はくれた。

それを逆にできるようになりたいだけなんだけど。

今、何か困っている人を、普通以上の生活ができるようにとかはする力はないんだけど、たとえそれが、お得な参考書1冊の話であっても、受ける立場の人にとっては人生が大きく改善する場合もあるだろうと。

実際、今現在、私が昔見た、上流家庭ぶる事情のある家庭の状況にすらなれてないんだけど。

なんか、まとまらないや、

明日起きれる自信もなくなってきたけど、とりあえず頑張ってみます。

今の社会、予測できる範囲の社会の中で、世の中をどうすればいいのかを。

若干、いまのところ現実にできたとしてもベーシックインカムはパンとサーカスなんだろうかと思わなくもないので、考えていこうと思います。

って、中国語教室の予習とかあるので、思想の方はゆっくり進んでいくと思います。

とりあえずこんな感じです。

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本屋で今日見た魅力的な本

を読んでいるところです。AIの発達で雇用危機が起こるかもと言う話で書いているわけではなくて、社会保障のありかたとしてのベーシックインカム論です。AIの到来とかで職業につけない前提ではなくて、この現代の高齢化社会で、働けなくなった高齢者の増加について書かれています。

正直、貧乏さんなので、数冊書店でざっと見てから、コレ、というものを購入する予定です。

この本を見てみようとジュンク堂で検索したとき、4月に発売予定のベーシックインカム書籍を見たので、それが出てから一番参考になるものを買おうかなあ、みたいな気持ちになって

タイトル見たときは、頼りになりそうな文句だなあと思ったのですが、アマゾンで検索してみて、表紙と商品の説明と著者についてを見た時点で、「あやしげ」とは思ってます。

もう一個はアマゾンで出てこなくて、井上智洋という作者の、
「ベーシックインカムと経済の未来AI時代になぜ社会保障制度の変革が必要なのか?」(仮)
が出てきました。

もしかしたら、

の焼き直しかもしれません。

まあ、今出てる本、明日午前中、読めるだけ読んでこようかなと思っていますが。

実は、ベーシックインカムの本も面白そうだけど、

とか面白そうだなと思って、(って、それをネットでアフィリで売ろうとするのってバカなの?みたいな声が聞こえそうな気がするけど)

一応、英語の方が安くは読めて、

あと、

これ、よさそうだったらキンドルで買いたいなと思う。(キンドルの方が若干安い)
翻訳者が東京大学教養学部英語コース(PEAK)特任助教とかいうのがすごそうだと思う。

このシリーズ、ほかの哲学とか数学の本の英語版は安いのに(進化とか1200円ぐらいするのもあるけど)脳と心については検索しても出てこない。また出てきて安ければ買いたい。

って、ここまで検索していて、意外な本がたぶん今だけ特別価格なんじゃないかなというものが。

ホーキング博士のバイオグラフィー、私が今見ている時点でキンドル版が無料。(アンリミテッドとかじゃなくて、キンドル価格が無料)

バイオグラフィーだから、英語学習者でも大丈夫そうな平易な英語なので、Noneに英語学習教材にしてもらえたらなあと思います。

って、本屋の話済んだら、書きたいこと書こうかと思ったんだけど、長すぎになりそうなので一旦分けます。

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ベーシックインカムが可能なら労働の義務は?

今朝も認知心理学の講義を見て朝食。第6講。記憶についての続き。人の記憶が似たような記憶につられて置き換わってしまう話など。

今日、Noneがあんまり時間を有効に使ってない気がしたので、昨日ブログに書いたように、今の競争社会で勝ち組になろうとしている人たちが厳しい競争を勝ち抜く人たちなんやから、その人たちが上位につく社会で、競争に勝てなかった人たちのための社会を作ろうとするなら、やるべきなのは受験勉強ばかりではないだろうけど、もっと有効に時間を使おうとしなければダメだ。とかいうような話をしていて。
実際、その勝ち組を素直に目指すよりも、それよりも難しい人気漫画家とか目指すよりも、現実に社会を変えていけるほうの人になるほうが難しいと思うで、みたいな話を。(なるのは、誰でもなれるし、多くの人が参加すべきだと思っています。だけど、それを生業とするのなら、ことのほか難しいと思います。実際、Noneに言ったのは、官僚になるよりもジャンプとかの人気漫画家になるほうが難しいが、実際今目指そうとしているのは、マルクス的存在を目指すようなもんだというような発破をかけて)

って、私もNoneのことばかり言ってないで、ベーシックインカムに賛成ならそれはそれで、勉強しなければなりません。

まあ、ちょっとググって出てきたのはこちら、

“全国民に月7万円”は日本を救う最善手だ「AI失業」の危機に備えるために

今日から見て4日前のプレジデントオンラインの記事。
タイトルから見てわかるように、ベーシックインカムに肯定的なもの。

でも、そこからのリンクに、

「全国民に月7万円」は誰も幸せにしないまずは金のなる木を探そう

まあ、AIが発達したら、そこから派生した新しい職業ができるだろうとか、そういうもの。

実際、この二つを読み比べてみて。むしろ今生活している人々が、どちらを求めているんだろうかという話なんじゃないだろうかと思う。

人間に、労働はいるのかいらないのか。

というそもそもの問題で。

根本的に変わろうとしている社会をどちらに向けて構成しようとするかで、結果なんか随分変わってくる話なんだろうと。

人間が労働しなくてすむような社会をつくるためにはどうすればいいかを考えるか、人間が労働できる機会を与えるためにどうすればいいかを考えるようにするかという話なんだと思う。

ホリエモンとか2015年には、人間は働かなくてよくなるって言ってたらしくて、今確かめてみたら、その時点ではベーシックインカムのような所得があるのではなくて、生活費の方がゼロになるという考え方らしいけど、

憲法に労働の義務と権利があるけど、労働は教育みたいに人間に本来いるものなのかと思う。まあ三大義務は人間に必要なものと言うよりは納税とか国家運営に必要なものとして義務付けているんだろうけど。

ウィキで見たら

条文は国民の権利義務のみを定めたように見えるが、実際には同時に国家にも国民が勤労の権利を行使できるよう義務を課したものでもある。国民には勤労をする権利が定められており、国家は国民に勤労の機会を与えなければならない。

とあるけど、これが現在十分に機能しているのか、機能できるのならそのほうがいいのか、人間に代わる労働があるとしたら、人間は働くより人間という種に向いた生き方があるのか、そうして生きていける社会が可能なのかとかを考えようと思ったりします。

まあ、朝、Noneに発破をかけたとき同時に、

「オカンは子どもの理想的な教育はこんなんだから、こうしなさい、みたいなのは、教育学者が条件がそろっている場合にできることを研究するのは大事だけど、だからそれをそのまましましょう、みたいなのはキライで、現実、狩猟時代とかは、子どもの健全な発達とか言うよりも前に、必要な狩りが生きるようにできることを教えるものやと思う。健全な教育ができるというのは、それができる社会を人間が作った後の話やから、健全な教育をどこまで求められるかは、実際そのときの環境によって変わるんだから、社会背景を無視した教育論は私は実際それを実行するの自体が危険だと思ってる。」

という話をして、Noneは黙ってました。(Noneは理想論者みたいなところがある。まあ、現代っ子で、最近勧められて読んだ松本清張の本を読んで、ちょっと前の昭和の社会がどれだけ男性中心かというところで驚いていたぐらいだから、環境が整っていない社会をあんまり想定できてないんだと思う。)

私の推測では、無駄な雇用を作り出すよりは、働かずに、人間が健康に生きれる生活とか、環境とか、本来人間がどのぐらいの割合で地球に存在すればいいのかとか、そういうことを考える時点にきている気はする。

まあ、イランでは、ベーシックインカムを渡しても人間は働いているらしいけど、

働かなくてもお金がもらえる「ベーシックインカム」を導入しても労働需要に影響はないことを示す研究結果

実際、私が主人からある程度の生活費をもらって、それだけで生活しようと思えば節約生活できるけど、仕事を探そうと活動したし、元気で働けるうちは働くつもりではいるけど。

実際、週3日、5時間ずつ働く程度の今が一番生き生きしているかもしれないとは思う。もちろん、好きな仕事ができて、たくさん働きたい人はいるだろうし、それもいいと思う。ただ、学問をしたり、健康維持するための時間が十分にとれる現在の自分の生活も悪くないと思っています。

まあ、働いてて、フルタイムで働いているほうの人にきつく当たられたり、クリーニング屋の仕事ということで、なんか見下したような態度をとるお客さんがいないわけでもないですが、基本丁寧な接客をしていたら、そんなひどいお客さんは少なくて、円滑に仕事ができているように思ったりはします。

それでも、これが、ブログで収入を得られるとかだとして、(実際現在諦めているけど、独自ドメインの料金賄えるぐらいできたらぐらいで)扶養家族でいられるぐらいの収入が手に入るとしたら、自分の好きなボランティアとかできるだろうな、とかは思わなくもない。

ブログやアフィリエイトで収入を得られる本とか、また今流行っているみたいで、(副業を認める会社が増えたとかの話らしくて)

とか見たら、新発売のスマホの昨日のレクチャーとか、パワーストーンとか、ネットで儲かりそうなネタで頑張っているような。(この本、過去に無料で読めてた時期があったらしいし、今もキンドルで安くなってるのに、図書カード余ってるの持ってたから、紙の本買っちゃったよ。読み物としては面白いとは思う。)

本では、自分の好きな分野でオリジナリティをだせれば、ジャンルは問わないとか書いてるけど、正直パワーストーンとかのほうが儲かりそう。

ただ、仕事のなくなった人とか、副業をする人が、揃いも揃ってパワーストーンとかのアフィリとかやってたら、なんかシュール。

あ、自動広告、ジャンル決められないのかと思ったら、決めれました。

ヘンな広告が出てたから、どんなのか見ようと思ったら、自分でクリックしないでくださいと警告がでました。(それも知らないとか情弱なんだけど。)

アドセンスのツールバー入れたら、自分でクリックしなくても、広告先のチェックができるようになりました。

そうしたら、ジャンルを決めれる方法をメールでグーグルから教えてもらえました。

まあ、私のブログでたとえばスポーツの広告とか出ても効果ないと思うんだけど、人間らしい生き方をそれぞれに生きたらいいという主張をしていることを考えたら、べつに、スポーツの広告とか、効果なくてもブロックまでしなくていいかなと思って、ブロックは、出会い系とか消費者金融とか、自分がイヤかなと思ったジャンルしかしてません。(出会い系とか消費者金融を利用する人がいけないとは思ってないから、必要な人は別の場所で自分で検索するなりしてていいと思っているけど、あ、未成年でなければ)自分が株とかやっているから、一攫千金とかどうかなと思ったけど、ブロックはしてなくて、まあ、もし出て魅力的なら自己責任でヨロシク的な感じで。

まあ、働きたい人は働いて、働かない人は最低限レベルになるけど生活はできて、みたいなのがベーシックインカムだとは聞いてるけど。

今考えたら、駅の改札で切符の料金チェックしてたの人間の目視やったとかいうの、無理やったやろーとか思うし、なかなか過酷な仕事やっただろうと思うけど、機械導入された時点では雇用喪失の危惧とかされてたもんな。あれ、また人間がやるようになったら、大量の雇用が創生できるとか言ったとしても、誰も賛成とかしないと思うもんな。

機械ができる仕事は機械ですればいいと思う。問題はむしろ、働かない人間が生活できることに対する反感を持つ人たちの意識の問題なんじゃないかと私は思っています。

明日は、Noneと梅田に出て、Noneの高校の方の学生写真の写真を撮りに行こうと思います。

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特別な知識層に頼るより大切だと思うこと

今朝も、認知心理学の講義。記憶についての話。専門用語とか、さらっと流れてるけど、こういうのきちんと覚えないといけないことは知っている。(まあ、予備知識程度でいいと思っているから朝ごはんん食べながらだし、ノートとかメモとかとってないんだけど。)

まあ、Noneには、臨床心理士の試験とか、人間の記憶の限界ぐらい覚えなあかんことあるらしいし、公認心理師とか、それかそれ以上かもしれへんで、みたいな話をしていて。

そのうえで、型にはまった、こんなときこう返事するみたいなカウンセラーやったら、AIで十分なんやで、みたいな話もしていて。

ただ、Noneは、昨日の講義でやっていた黄色い日傘をさした女性に気づかない8割(気づいた2割が決して余裕があって気づいたとは言えず、そもそも集中できてなかったので気づいてしまったうちに入っているのかもしれないけど)が人並みに生活できる世の中を目指したいんだというような話をしていて、

まあ、でも、実際世の中を変えたいと思っても、現状受験戦争とかで勝った側が有利な社会ではあるんやで、みたいに答えて、

ただ、AIで世の中の9割のひとが職を失うとか予測されてる世の中で、寿命伸ばそうとか言って医療技術を上げようとしているのとかなんか、微妙に受験の勝者って頼れる味方ではないんだろうなと。

確かに、厳しい受験戦争を勝ち抜いた人に、その受験の敗者を助けようとかいうのはあんまり期待しないほうがいいのかなと思ったりはする。

自分ら大阪の市民とか、貧困とかあっても、チャンスができるだけ来るようにとかいう精神が市政や府政に感じられるから、貧困の人にチャンスをあげたら、貧困を解決しようとする味方になってくれるかもしれないと思って行動できるんだけど。

実際、ITのトップの世界にいるひとでも、人間の多くが仕事を失う結果になったらどうしようとか考えずに技術の向上を考えているらしいから、そうなったらどうなるかを、素人が考えていてもいいんじゃないあかとは思う。

Noneには、世の中が進んでいっても大丈夫なように、ITの世界のこととか、経済のこととか、できるだけたくさんの知識と考えを持った方がいいとは言っているけど、

もっと草の根の、いまこうしている普通の人が、どうなって欲しいのかをもっと声をあげていくべきなんじゃないかと思っています。

技術の向上を止めればいいとかは思ってない。

今日、急に言われて仕事に行って、クリーニング屋の仕事をしてたけど、洗濯物を手で洗い、鉄製の器具に熱湯を入れてアイロンをかけるような昔とは違う状態になっていて、それよりいい暮らしが現在できている。

問題は技術の向上した社会をどうするかにあるんじゃないかと。

まあ、社会学の専門の人もいるでしょうけどね。

私自身は、そういう専門の人が書いたものを読んでみて、人間が働かなくても生活できる社会が可能ならそれを希望しているんですが。

その社会学者も、現実の社会の人がどのような暮らしを望んでいるのかわからないと意見の出しようもないんだろうと思ったりするんですが。

激しい受験勉強を勝ち抜いた人たちとか、そうでない人が働かずにゆとりのある生活をしたいなんて受け入れないだろうなと思ったりはするんですが。

昔、必要だった労働量をそのまま現在の人に働かせようとするのが問題なんだと思うんですけどね、実際、そういう名残りとかいろんなところにあって、体育の授業とか、軍隊に出ることを想定して考えられたものなんじゃないかと思うようなものが残っていたり、(まあそれはそれで、日本の国防とかどうなるかとかの問題も関係するんだろうけど)私としては、人間の健康を維持向上するために考えた体育なら、もっと違ったものになるんじゃないかと思ったりするところあるし、繰り返しになるけど、公立の教育のほとんどは、かつて支配者層のためにあったものをそのまま民間人に教えているものが多いと思うっています。

Noneは社会運動に忙しいです。国公立に行けなかったら、私立の推薦組に笑われるんだろうなと思っているんだけど、None本人は、社会運動に参加している私立大学生から、「うちにくればいいのに」みたいに言われて、悪い気はしていないみたいです。

まあ、その関関同立のひとつ、Noneが心理学の資格をとるのにいるんじゃないかと思うような分野に、性格の悪いらしい教授とかいるらしいという噂を聞いているので、私としては避けて欲しい大学なのですが。

ただ、この社会運動をしているほうが、長くつきあえる人脈ができるような気がして、応援はしています。

今見ている放送大学の認知心理学の講義とか、東大の先生が客員教授になっているものだし、(もちろん中身は15歳以上の誰もが受けれるようになっているから、それを踏まえた内容になっているんだろうけど)Noneも、いわゆる偏差値の高い大学の方が、優秀な教員が多くて、設備もよくて、というのは分かってはいるみたいです。(まあ、性格までいいかどうかは別としても、ただ、認知心理学の講義の放送大学客員教授の東大の先生は見るからにジェントルで受けたい授業をしそう)

基本、最初からこの淀川区の自宅から通学可能な大学しか選択肢はないんだけど。

マイナー国公立と、関関同立がどちらがいいかは悩むところ。

院まで行く予定なら、マイナーでも国公立にしてほしいけど。

どちらにしても、私もNoneも、数の多いそれほど優秀でもない人がどうやって中ぐらいの生活ができるか、(基本的に善良な市民であれば、健全に生きていけるようにと思って)考えていきたいし、たぶんそれは、特別な誰かがやることではなくて、普通の一介の市民が、自分だけ得するような特別な話を探すより大切なことなのではないかと思っています。(必要ないとかではなくて、そういうのに興味を持ちつつ、共生できる社会を模索するという意味で)

とりあえずこんな感じです。

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中国語教室には通い続けたい



今朝は8時起き、Noneと放送大学認知心理学の講義第3講を見ていました。そんなに難しいものではなく、知識として身につけて楽しい内容です。授業の妨げにならない程度のツッコミ的会話とかをしながら視聴。

私は昨日熟睡できなかったので、講義を見た後二度寝。Noneも昨日遅かったのか二度寝していました。

そのあと中国語教室。(私の行ってるのは通学制の中国語教室だけど、ある程度のレベルに到達して、マンツーマンレッスンしか受けられなくなったらオンライン中国語教室にと思っています。)

現在の教室はびっくりするほど現在の私のレベルに合っています。非文法的な文のことを中国語で病句というのですが、それが、なーんとなく正解がわかる程度で、どうして非文法なのかを教えてくれるところがいいです。

同じクラスの人たちも、ちょうどいいぐらいに真面目で、ちょっと私が背伸びをするぐらいにお上品。

たぶん、経済的に余裕のある人たちなんだけど、人の買えないもの、できないことを自慢しに来ているような感じもなくて。

で、教室の壁にオンライン講座のポスターがあって、生徒はその講義が受け放題らしい。

いや、前の前の教室と同じぐらいの料金で(年間授業料一括払いなのが怖いけど)このサービスはお買い得だったなと感動。

TECCも特別料金で受けれるので、授業とオンライン講座有効利用して、TECC高得点目指してみようかと教室のスタッフに相談したら、頑張ってくださいとのこと。

終わってから、あんまりゆっくりはできないけど、お昼とか用意して家を出たら、授業の後、教室の同じクラスの人と、中国語の話とかでもりあがったりできそうな感じ。(仕事の合間に食べれるものを持って出てたら、教室から直接仕事に行っても大丈夫かなという感じで。)

ただ、仕事の方は、かなり悩む。

そんなに高くないだろうと思って料金を決めてレジをした洋服が、洗ってみたら手間がかかったので、あとからお客さんに請求してくださいとか、けっこうあるので、

じっさい、洗う人が、みたときにこの料金では洗えないから、お客さんに納得してもらってから洗います、みたいに止まらない状態なのが納得できなくて。

洗う人が洗う前に料金がわからないものを、クリーニングの専門でもないパートに正確に見積もってレジをしろというのは無理なんじゃないかと思う。

で、お客さんも、レジでいくらと言われたからクリーニングに出した、という人の方が多いだろうから、仕上がってから、やっぱり追加料金いただきますとか言われたらおかしいと思うだろうし。

実際、あとから追加料金請求しろと言われて、言えなかったり納得してもらえなかったりして、もう一人のひとはけっこう自腹切ってるという話で。

それに、トイレットペーパーとか、職場の備品だろうと思うようなものも、買ってもらえなくてもう一人のひとが買って用意してたりして。(私はなくなったらポケットティッシュ持参になっても仕方ないなと思っていたのですが)

なんかね、そういう自腹の世界になったら、収入としては週3回だいたい5時間ずつ働いてる現在のほうが収入があるのだとしても、ほかのもっとキツイ仕事になるのだとしても、続けたくない気持ちがあって。

まあ、うちみたいな個人事業的な店じゃなければ、このセーターはブランド物だから100円ぐらい(100円、でなくて、100円ぐらい。ときどき150円とか200円とか)アップするとかじゃなくて、きちんとしたところは、そんな主観的なものではなく、素材とかで値段が決まっているんだろうけど。

っていうか、大手で怖がって受け付けないブランド物のデザインセーターなどがうちみたいな店にくるんだけど。

あと、実際、高度な技術つかうような仕事でもなければ、続けられる仕事って、個人個人の能力がどうとかより、上司の人柄なんだろうなと思う。

まあね、今、フランチャイズのお店とか、バイト雇うのが雇われ店長とかだったりするところ多いから、あきらかに客側が無茶なクレームとかする場合であっても、店員の味方せずに店員の首切る上司だったりとかよくある話なんだけど。

ただ、とりあえず今日中国語教室に行って頑張れる感じだったので、仕事を続ける場合もできない場合も、教室は頑張って通えるようにしようと思いました。

私自身、ものを覚えられるようになるのに時間がかかるタイプで、ただ、中国語で、ここまで来たら、知らない中国語の単語も、日本語の読みから中国語での読みを推測できるようになってきているので、見たものを見たまま覚えるのは向いてないけど、パターンはある程度身につける能力があるんだと自分を慰められる状態で。

あと、今の仕事の人、自分が何言われても傷つかないタイプとか行ってたけど、人にも傷つくことハッキリ言うタイプみたいで、私だったら、それ言ったら人間関係終わりだろうというぐらいのことを何度か言われているので、続けたかったら慣れる必要があるのかなと思ったりします。

あの仕事を週6日やってるとしたら、当たれる人に当たりたい気持ちもわからなくもないけど。

ひと昔前の農業とかなら仕方ないけど、やはり人間らしい暮らしにはある程度の休養がいるのかなと思います。

って、今、ある程度の環境が整っているから、私もその休養が取れているんだけど。

大手の企業に勤めているひとだけが、週休三日制とか考えられるんじゃなくて、たいていの働く人が週3日休んでも生計がたつぐらいの最低賃金を導入するべきだろうと思わなくもなくて。

まあそれも、たとえばクリエイティブな仕事とかで、毎日働いても大丈夫とかのひとはそれはそれでいいんだろうけど。

明日、日曜日、Noneの放送大学の学生証を取りに行く予定です。
牧師さんが、世俗的な知識を大事にするひとの不運を予言している姿が見えるよう。それを聞いたら呪われそうで、明日は神に祈りに行くより、世俗の力を求めに行ってきます。

とりあえずこんな感じです。

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社会運動について思うこと。

ほんとうに、今、衣替えの大量のクリーニングを一人で運んだり、タグ付けしていたりすると、

の、ジャンバルジャンが牢獄にいるときの歌、

を「ルックダーウン、ルックダーウン♪」とか歌いながら(決して楽しいわけではないが、気は紛れる)口ずさみながら仕事してたんだけど、

それで、いっぱいいっぱいなりながら働いてたのに、帰ってからSNSで仕事の人から文句ばっかり流れてきたので、めっちゃキレてたんだけど、

昨日は、そこそこ仕事もしながら、読書もできて、気をなおしかけていたんだけど。

ただ、読者が3倍ぐらいになれば、ちょっとリッチな生活ができそうで、魅力的なコンテンツ書くつもりでいっぱいになって帰ったんだけど。(でもって、さっき書いたけど、書いたのがフレッツテレビでBS見れて放送大学とかディーライフ見れるとかの話という・・・いや、その情報需要あるか?みたいな。実際朝になってApple TVで見れるユーチューブのスカイニュースのライブで十分だし。)

を、パート1読み終えることができました。

章ごとに、書く人が変わっていて、最初の、大学で院に言ったら、文系の院卒に就職の機会はすくなくて、塾や家庭教師のバイトの収入で暮らして、非常勤講師とか授業以外に必要な時間とか、必要な文献を用意するお金とか考えたら、お給料とかすごく安くて、ご飯朝2合炊いたのでレトルトとかで食べていた人の話なんだけど。

で、彼の周りは同じような高学歴ワープアばっかりだったという。

大学の時、比較的優位な立場にいて、社会に出るとどん底で、社会運動をしていた人の気持ちがわかったという。

いちばん共感ができたのが、そういう貧困暮らしをしていたときに、ビジネス街の食堂の看板、
「ランチ880円。」
に怒りが沸いたという話で、

平均所得の人に無理のない金額に自分が手が届かないことに怒りがわくという。

自分にも覚えがある。最低賃金が今ほどではなく、1日4時間ほど働いて社会人学生だったとき、自分の職場の近くの食堂のランチが時給以上の金額で、自分の労働の価値ってなんなんだと思ったという。
(結局、私は昼休みの必要な仕事をしていたときは、薬局でダイエットビスケットとか値引きで買ったものを食べて過ごしていたことが多いんだけど)

で、あとでどこの大学出た人だろうと、執筆者の紹介読んだら。

京大教育学部だってさ。

ちょっと学問が面白くて、院まで行ってしまったら、社会から落伍してしまうという、ちょっと恐ろしい話だなと。(著者の生まれ年から考えて、まだ不景気に入る前の人だと思う。院まで行く人がそんなにいなかった時期のような。周りに同じような人が多かったというから、この著者一人の問題ではないと考えてます。だいぶ後の話で就職氷河期の話ですが、私が社会人大学生をしていたとき、先の見えないオーバードクターはめちゃくちゃいました。だから、私が学問諦めて、普通にデータ入力の派遣の仕事に就いたときは裏切り者扱い受けましたし、結婚したとなると音沙汰なくなるんですが。大阪に来て、仕事をみつけてあるていど安定したときに、外大の咲耶会の会員名簿買ったら、連絡先の分かるように名簿に残っている人もいなかったんですが。私自身は、自分が学問続けるより、学問をするチャンスを最大限に活かした教育を我が子にしたいと思っての路線変更だったのですが。)

パート1読んでたら、デモとかビラ配りに肯定的な社会運動の考え方の人が多くて、ちょっと考える。

実際、私が共産主義の友人と袂をわかったのも、私がデモとかビラ配りに批判的だったのと、(まあ、あんまり無批判にマルクス称賛するので、宗教みたいと言ったこともありますが。)逆に彼女の方が、労働者の味方であろう共産主義者なのに、家庭教師などにつける時間帯が実験でバイトに出れなくて、早朝しか空いてないと私に相談したから、「コンビニは?」って聞いたら、「そんな脳みそに筋肉がつきそうな仕事はしたくない。」とこき下ろされたので(そんならワシ、めっちゃ脳みそマッチョやがな、みたいな)それ以上連絡をすることがなくなったのですが。

彼女が言うには、社会問題に無関心な層にうったえるには、デモやビラ配りやシュプレヒコールだという。

このパート1に書いてある、先日「もし何も学ぼうとしなければ、さまざまな人が無知につけこんでくる。」と書いた人は、現在セクト活動とかをして、それを自撮りして動画に上げているような、運動のための運動は批判しているんだけど、いかんせん学生運動の時代のひとなので、デモやビラ配りなどの運動に肯定的な愛着のようなものを感じている気はする。

でも、こういう、左の道を開拓してきた人たちを理解できないと先に進めないのかしら。

まあ、たぶんこの本法政大学の社会学部の講座のテキストなんだろうけど。(なんか、この本によれば、法政大学って学費が安くて、庶民の大学らしいけど。編者の田中優子さんによると、1960年とかそのへんは大学は就職するために行くところではなくて、学問をする価値があると思って行くところで、金持ちの行くところというわけではなくて、東大と法政大学が庶民の大学だったそうな。)

まあ、今日も午後は明日の中国語教室の予習だけしたら、図書館で借りた他の本の読書ですごしていようと思います。

そちらのほうが、これからの左翼系の人たちがとるべき行動の指標があるような。

べつに、私、右と左にわけて考えるの好きじゃないんだけど、福祉を充実した社会を目指すという意味では左翼だろうなと思って。

Noneは身バレ防止がしたいので詳細言えませんが、実際、かなり行動に出ています。Noneとしては、受験勉強で勝者になるより、こういう活動で評価される進路と就職を目指したいと言っています。

まあ、子どもの頃から見てて、受験勉強ではそう伸びそうな子じゃないのは知っているから、なにも言わないで自分の将来のためになりそうな道を探し始めたことを陰ながら応援していこうと思います。

あと、今日午後、容量の大きい古いパソコンの方で、大阪市立図書館の電子書籍の英語テキストをダウンロードして、タブレットで見れるようにしようと思います。

おそらく今日、駿台模試の結果を持って帰るので、それでもそれなりの心理学部のある大学に行ける成績であってほしいと願うのですが。

とりあえずこんな感じです。

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放送大学の講義が見れるようになりました。

今年度の放送大学の出願期限は過ぎてしまったんだけど、うちには入学許可証のはがきが届いて、放送とか見れるようになりました。(って、BS見れる家は普通に放送で見れるんだけど。)

放送大学 放送授業期間(4月1日~4月28日 5月6日~7月21日)番組表

Noneが履修予定の番組は、18年度からの新番組なので、まだ見れないんだけど。

とりあえず、今朝から、モーニングとか行くのやめて、iPadで認知心理学を見るのをAppleTVにミラーリングしながら視聴しながら朝食。

まあ、今日の第1講は、ふつうに認知心理学の説明で終了。

None嬉しそうです。

そのあと、私はNoneが学生証をもらえるようにするにはどうすればいいのか、わからなくてちょっとゴタゴタしていました。

郵送で送った願書に顔写真つけていたので、ネットから上げる必要はなく、大阪学習センターに入学許可証を持ってNoneが取りに行けばいいだけの話みたいです。

None、出不精で土地勘とかないから、一緒に行こうかなとか思ったり。天王寺ミオとか、新しいフードコートとかできたらしいので、一緒にランチしたかったりするし。

で、顔写真、どこから上げていいのかわからずに、あちこち見ていたら、放送大学附属図書館のHPに行って、

普通に、勉強でいる本も借りられるんだけど、英語多読用電子ブックのサービスもあって、

Macmilan LaguageHouse
★ Springboard Connect 150タイトル(小学校~高校卒業レベル)

と、

CENGAGE Learning
★ Foundations Reading Library  42タイトル (多読初級者向け)
★ Page Turners Headwords 50タイトル (多読中級者向け)

が見られ、Page Turners Headwordsについては音声もダウンロードできます。

どの本も60ページまでダウンロードできます。絵本なんか60ぺーじで全部ダウンロードできるものばかりだと思います。パソコンやiPadのサファリなどでは見にくいので、ダウンロードしてタブレットで見た方がいいかもしれないと思います。

絵のない本は、ネットからでは字がぼやけて見えるので、ダウンロードしたほうがハッキリ見えて、文章も文として選択できるようになるのですが、レベルの高い本になると、60ページ以上になるのがネックかなあと思います。

大人の、学術に使えるような本で、英語の本とかダウンロード無制限の本とかいっぱいあるし、(ちょっと、英語の学術論文とかの検索の仕方わかってないけど)アマゾンのキンドルで売ってる学術図書が高いことを考えたら、最低限の学費払って放送大学の学生である意味があるような気がする。

って、今日はリアルの世界の大阪市立中央図書館にも行ってて、なんか、スズメの涙ほどしか稼いでないアドセンスを改善できるのか、ためになりそうな本をいくつか借りてきました。

自分でも、この組み合わせで本借りてたら、人格疑われそうとか思ったけど。

まあ、今日はこのあと中国語教室の予習とかできたらして、放送大学図書館、使いこなせるように頑張ってみようと思います。

とりあえずこんな感じです。

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余裕があることについて

ちょっとね、仕事でもう一人の人に、わが淀川区の民度の低さを指摘されて考えているんだけど。

まあ、自分も、兵庫県の比較的上品な土地に住んでて、この土地に来たときは、「なんてとこだ。」みたいには思ったわけなんだけど。

自分自身は、そこそこのお金持ちが上品さを求めて生きているのもキライではないし、庶民的なこの土地も好き。

ただ、私が淀川区が好きなのは、知識は平等に得られるべきものだ、みたいな考えが大阪市にあることをこの淀川区で知ったからで、

貧乏なら向学心を持っていても勉強できないんだ、みたいな土地だったら、そんなに好きではないと思う。

だから、同じ淀川区に住んでいても、勉強を頑張る、みたいな姿勢で生きている人たちに否定的な考えを持っている人は同胞とは思っていなくて。

もう一人の人に、似たような庶民的な町でも、淀川区より庄内とかのほうが民度が高いとか言われたのにはイラっとして、

「そうか?」(怒)

と思うんだけど。

実際高校宝塚線で、庄内の同級生とかもいたけど、そんな差があるようには思えないけど。

まあ、確かに大阪市民の方があつかましい人多いかもしれへんけど。大阪市内のほうが、安くていいサービスとか得られる場所が多いんじゃないかと思うから。

仕事で嫌なこととかあったときに、目の前にいる人たちの欠点をみつけて、それを精神的に攻撃することで、不満をはらすとかになってるんじゃないかと思ったりします。

収入の高い方がいい人が多い、とか言われると、

私も、成績のいい人の方が、ものわかりのいい人が多いと思っているよ、と、内心思ってしまったりすると思います。

まあ、これは、この言い方だと語弊があるけど、ものわかりのいい人は、学校の成績もいいことが多い、と主語と述語を入れ替えるだけで、ずいぶん穏やかな表現になると思います。

私も、嫌な人に合うと、この人はものわかりが良くない、と偏見で片づけてしまうことはよくあります。勉強をするのが無駄に好きなのは、じぶんがものわかりがいい部類にはいりたいからなんだろうなと思います。

もう一人の人が、金持ちの方が、余裕のある対応ができるというのは、確かに納得はしています。

ケチな金持ちとか。そうでない人も少なくはないことも知っているけど、

やっぱり、タイトル忘れたけど、外国の昔話とかで、水瓶を割った我が子をめちゃくちゃ殴るとか、あった話だと聞くし、それは水瓶があるかないかで、家族全員の生死にかかわることだと思うから、余裕のない親とかそうなったんだろうなとか思う。それがある程度納得できるので、商品の破損とか、その金額の出費が家計に負担であるかないかで対応が違うのが自然だとは思う。

逆に、それが生活を脅かす出費であるのに、落ち着いていられないのは、仕方がないのかもしれないという意味で。

ただ、この淀川区のひとだって、余裕のあるひといっぱいいる中で、確かに多少キバツだなあ、みたいな応答する人いることもいるけど、そんなの言ったら、たとえ芦屋とかの高級住宅地だったとしても、お金は出すけど、むやみに要求が高いとか、キバツな人はそれなりにいるやろうと思う。

大富豪とか、超高学歴とかをめざすつもりはないんだけど、人間ならおかす間違いとかをあたたかく受け流せるような経済力と理解力はめざしたい。

なんか、学校で勉強をした人に対して、いいイメージを持っていない今の職場で、その人たちが庶民のまち淀川区を否定しているということで、かなり気に病んでいたんだけど、

自分の住んでる町が否定されたことと、勉強が好きとか頑張ったんがなんでアカンねやと思うところがあって、

牧師さんが言ってた、そういう一度頑張った人は大衆の輪の中には入れないのだと。

勉強をしたことが勉強をしない人への攻撃でもなんでもないのに、勉強しない人の中に、勉強した人に対してものすごい敵意を持つ人がいるよね。

そういうひとは、努力しないでできました的な人は称賛するけど、努力した人はあんまり評価しなくて、ましてや努力したけど今一つでした的な人には残酷さを感じるぐらい攻撃的に批判するときがあって、

こういうとき、自分に言い聞かせる。大事なのは、そういう相手を言い負かして気を晴らすのではない、ましてそういう人の不幸を願うのでもない。

大衆は、勉強とかをせずに、難なく手に入る生活で生きていくものだという概念から覆すべきなんだと思う。

自分たちの向上心が、そんなに否定されるものではないことを明らかにするべきなんだと。

私は、庶民から這い出たかったわけではない。今いる自分の場所をそのままに、庶民の生活レベルを全体的に上げて、快適な環境にしたいだけなんだ。

高所得者しか食べれないようなものが食べたかったわけではなく、自分がおいしいと思うもので、隣の人に勧めても買えるようなもの、作れるようなものを食べられるようになりたかったんだ。

それには、賢くなることが必要だと思ったんだ。だって、バーゲンセールやってる小さなスーパーの特売を宣伝していたら、それは無理してやっているバーゲンだったらしくて、そのあと潰れるとか、本当にみんなに勧めても大丈夫なものか見分ける能力とか必要だとわかっていたから。

低賃金労働者に無理をさせることで、可能な低価格とか、そういうのを避けて、

多くの人が真似したかったら真似しても成り立つもので構成される生活を目指しているだけなのに。

どうして、それで、攻撃されるんだろう。

まあ、単純に、少ない労働時間でも生活できる人を目の前にして、たくさん働かないと生活できない状況の人が、目の前にいるそんな悠長なひとが不満の種だっただけだと思いたいけど。

ほんとうにいま、「それ、わかるよ。」と言ってくれる「ものわかりのいい人」がいればいいなと思ったりするんですが。

都合がよすぎますかね。

とりあえずこんな感じです。

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